宮古島バブルと事業転換
- 1月13日
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23歳で独立し、その後25歳で会社を法人化し、株式会社結塗装プランを設立しました。
当時の宮古島は、伊良部大橋の建設から開通に至る流れをはじめ、リゾートホテル開発、自衛隊配備、観光客の増加など、さまざまな要因が重なり、経済が大きく動いていました。
いわゆる“宮古島バブル”と呼ばれる時期です。
島全体が活気づく一方で、物価の上昇や家賃の高騰も進み、
島民の生活は徐々に厳しくなっていきました。
その中でお客様と接するうちに、
「ただ工事をするだけでなく、もっと広い視点で住まいや暮らしの課題を解決できる会社をつくりたい」
という思いが芽生え、事業の幅を広げる決意をしました。
次回は、不動産業への参入とテンフィート設立について書きます。

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